沖田くんの禁パチ継続×2ブログ

パチンコ依存症の沖田くんがパチンコやめるためにブログします

パチンコ中毒者は「パチンコという木」に群がる虫(パチンコ87日目)

 順調に禁パチ87日目を達成。

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 禁パチ期間も87日目、そろそろ100日目が見えてきました。

 前回のブログからも時間が経過していますが、特別「パチンコに行きたい」衝動もなく、順調に毒素を排出している感じがあります。

 

 昨日は家族で近くの公園に出かけました。

 むちゃくちゃ広いのに芝生がしっかりと整備されていて、かつ人が少ないという穴場スポットです。先週行ってとても良かったので、レジャーシートと子供用にお弁当つくってお出かけしました。

 

 快晴の下、家族と一緒にゆっくりと過ごす時間。

 派手さもインスタ映えもしないと思いますが、家族にしかわからない、家族の幸せを感じる時間でした。

 ちょっと前なら「こんなことしてる時間あったらパチンコ打ちたい・・・」と思っていたのに、たった3ヶ月弱パチンコを断つだけで、意識がこんなにも変わるとは驚きです。

 

 パチンコをしていると、本当に視野が狭くなります。

 自分はギャンブルしに生きているんだ、ギャンブルこそが自分の楽しみなんだと勘違いします。

 でも、パチンコから離れるとそうじゃないことに気付きます。

 しかし、離れないと見えないんです。

 

 「木を見て森を見ず」という言葉がありますが、パチンコ中毒者はまさに「木」しか見てません。でも、その木ってピカピカ光ってたり愉快な音を出したり、むちゃくちゃ派手な木なんです。

 だからどうしても「パチンコという木」を見ちゃう。

 夏の虫が電柱の光に吸い寄せられるように、パチンコ中毒者は「パチンコという木」に群がる虫のようなものなのですよ。

 

 でも他の木だって、紅葉していたり花が咲いていたり、それぞれに華やかさがあるんですよ。すこし距離を置いてみれば、他の木の良さに気づくはずなんです。

 

 誰だって、切っ掛けさえあれば他の木の良さに気づけるんじゃないでしょうか。

 そうすると、パチンコという木の「派手さ」が、所詮は表面上の派手さに過ぎないことがわかるでしょう。パチンコは楽しい遊戯ですが、その楽しさは表面上でしかありません。時にそれが必要になる時があるかもしれませんが、のめり込むのは底なし沼に足を突っ込むようなものです。

 

 同じ虫なら、電柱の光に群がって突撃して死んでいく虫より、優雅に花の蜜を集める蝶になりましょう。

 今後の人生は、そうでありたいものです。